四国・岬巡りの旅32(内子)
何度も何度も四国に来ていながら、正直ボクは内子という町があることを良く知りませんでした。
せっかく四国に来てても、朝から晩までいつも目を三角にして林道を走ってばかりいたからね。反省、反省。

年を重ねて、こうしてゆっくり(でもないけど)回ってみると、今まで気がつかなかった風景や街並が色んな所に散りばめられていることに気がつきます。
訪れるごとに新たな発見があります。だから、ツーリングは辞められませんね。


内子町は、かつて和紙と木蝋(もくろう)生産で栄えた町。江戸時代、大洲藩6万石を支えたほどの繁栄だったそうです。
その八日市・護国地区 には、今なお当時の面影を伝える街並みが残っており、重要伝統的建造物群保存地区にも選定されています。
f0180607_19375762.jpg
f0180607_19380146.jpg
f0180607_19381425.jpg
f0180607_19381764.jpg
f0180607_19385370.jpg


商家や町家が軒を連ねる白壁の街並みが続きます。江戸時代後半から明治、大正時代の建物も多いそうです。 あちこち覗きながら、じっくり散策しました。
f0180607_19385679.jpg
f0180607_19385800.jpg
f0180607_19390114.jpg
f0180607_19390492.jpg
f0180607_19390663.jpg
f0180607_19390982.jpg
f0180607_19391263.jpg


木蝋生産で財を成した商家も多かったそうです。
その一つ「上芳我邸(かみはがてい)」は、木蝋資料館として公開されていて、ハゼノミから採られる木蝋の生産所や工程の様子、木蝋と共にした人々の暮らしぶりをしのぶことができます。
f0180607_19391500.jpg
f0180607_19391863.jpg

こちらは上芳我邸の本家にあたる「本芳我邸(ほんはがてい)」。
製蝋業で栄えた芳我一族の大元にあたり、質の良い木蝋の生産技術をもって海外にも輸出するなど、内子の木蝋産業の基礎を築いた家だそうです。
なまこ壁が美しい土蔵の鏝絵は、本芳我家の商標「旭鶴」を描いたもの。
f0180607_19392016.jpg
f0180607_19392346.jpg

町家の特徴でもある格子の建物や塀も多いです。
その一つがこの蝋垣(ろうがき)という格子。木蝋を天日に晒して漂白して造る高価な白蝋を、盗難から守るために造られたのだそう。
貴重な格子は内子の当時を今に伝えています。
f0180607_19392680.jpg



木蝋は塗り薬や化粧品の原料など幅広い用途で使われたそうですが、その最も伝統的なものの一つが和ろうそく。
ここ「大森和蝋燭屋」さんは、内子で200年続く老舗の和ろうそく屋さんです。お邪魔して見学させていただきました。
f0180607_19393023.jpg

和紙とい草の髄を巻きつけた竹串に、木蝋を手作業で何度も何度も繰り返し塗っていきます。
伝統の技法でつくられる和ろうそくは、すすが少なく蝋がたれない匠の一品だそうです。
f0180607_20075135.jpg


大きくて美しい炎を眺めていると、自然と心が穏やかになっていきました。
f0180607_19393658.jpg




/E-M1 M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6Ⅱ (2017.5.5/posted on 2018.3.3)

1へ戻る>>


by takakunen | 2017-05-05 11:29 | バイクツーリング | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://takakunen.exblog.jp/tb/29627098
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 四国・岬巡りの旅33(内子座) 四国・岬巡りの旅31(屋根付き橋) >>